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パンデミック宣言がなされ約一年。人に会いたくても会うのが困難な状況が続くなか思いだせば親にも会えない時代。早く終息するのを願っています。 


以下、人材の仕事には全く関係ない投稿です。ご興味のある方だけお読みいただけると嬉しいです。 

父親が他界してから、4年と3ヶ月が経ちました。


写真は若かりし頃の小生の両親です。 





















2016年12月、
父が病床で意識不明になった頃、
こちらが一方的に喋って
父が目を開けて反応して
頷くことや少し手を動かせる程度の頃。

父に約束したことがあります。

父親が生前に気にしていた唯一のことは
長年連れ添った認知症を患っている母のことでした。 

兵庫県姫路市の播州弁で、

「わしは先に逝けないんや。
お母さんがあんな風になってしもうたから、
わしが最後まで面倒見てやらないとあかん。
まだ死ねへんわ。」
(2021年2月現在、
母は一切処方箋も必要なく何の疾患もなく
たつの市の施設で暮らしています。)

死亡する数ヶ月前まで、
母が毎日施設の部屋の中の厠を汚すので
「毎日便器の掃除をしているんや。」
と、なんども父は語っていました。 

「散々、ばあさんを苦しめたんだから、
そんだけバチが当たったんやし、
ありがたく便所掃除ぐらいしたれや。 」
と小生は伝えました。

「まあ、ばあちゃんが生きている間は
しゃーないのう。ありがたいこっちゃ」

死ぬ寸前まで、
母のことを気になっていた父は、
残念ながら病に倒れて
母より先に他界してしまいました。 

小生が最後の元気な父親に会ったのが
2016年9月10日でした。

翌日、9月11日に
小生がオフロードモーターサイクルで、
兵庫県北部の氷ノ山の山道にて
不慮の事故で重傷を負い
姫路市中央病院にしばらく入院。
治療のためにニューヨークに戻りました。

右足の骨折靭帯損傷等のため歩行不可能になり
アメリカで療養していたため、
父親に変化があると施設から聞いていましたが
日本に次に行ったのは2016年11月末。 

軽い症状と思っていたら
予想をはるかに超えていて
膵臓癌の末期症状で、
覇気は消え失せていました。 

父親が一番気がかりだったことを
少しでも意識のあるうちに伝えねばと思い、

「ばあちゃんのことは心配するな。 
わしが面倒見るから。 
爺さんは安心して死んでも大丈夫や。」 
昏睡状態の父に告げました。 

父の遺言はボイスでは
最後まで聞くことはなかったですが、
「母を最後まで見てやってくれよ。」
だったのだと思います。  

つまり、
父からバトンタッチして、
母の面倒をみるということです。 

母のことを語っていた時は、
父親の目はパッチリと開いて
こちらを見ていたのが忘れられません。 

自分のことしか考えてなかった父でしたが、
少しは気になっていたのかも知れません。  

元気な時は、好き放題やり、
全く家を不在にし、
母をどこにも旅行に
連れて行ったこともなく、
自分の趣味のみを追求し、
70歳でキングレコードから
デビューして死ぬ数ヶ月前まで
コンサートをしたり、
歌い続けていました。  


















小生は最後の数年間は
腹を割って父親となんでも話が
できたことを幸運に思っています。  

父の最後の思いのバトンを受け取った限り、
最後まで成就します。


小生の家族は日本にはいません。
弟がロサンゼルスにて
眼鏡屋を経営していますが
日本には帰るところはどこにもありません。

アメリカ在住であることもあり、
物理的にはいつも母を世話することは
できないですが、施設を通して
父との約束を果たすためにも、
責任を持って母の面倒をみます。

どんな親であったとしても、
あなたにとって、しっくりいくのは
隣のおじさんではなく、あなたの親です。 



これからも
定期的に日本に行くことは間違いないのですが
パンデミック禍で国際間の行き来が
困難になっています。  

同じような思いや経験をされている
在米日本人の方がたくさんいらっしゃるのでは
ないでしょうか。


 
 





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